祖母のこと。

祖母の眼は少女のようでした。90歳ですからシワだらけの顔ですが、その表情は穏やかで、私が想像していたよりもずっと元気に見えました。


その建物は森の中に突然現れました。2階建ての地味な概観。祖母は特別養護老人ホームに入居しています。この休みを利用して、祖母の顔を見に行こうということになりました。遠方だったのですが、オットが私の母と兄も車に乗せて連れて行ってくれました。さりげない優しさでさらっと行動してくれるオットには本当に感謝しています。

私の母(祖母にとっては娘)の顔を見ると、祖母はわかったのかわからないのか微妙な笑みを浮かべました。職員さんが『娘さんよ!よかったわね。』と大声で伝えると、祖母は同じ笑みをキープしたまま大きな目で私達をジッと見つめました。

『こんなところに居たってなぁ…。しょうがないけどなぁ…。変な死に方したら、お前たちに迷惑かけっからなぁ…。どうしたら早く逝けっかなぁ…。』祖母は、子供がおねだりする時のような目で母を見つめながら何度も何度もこの言葉を繰り返します。

孫である兄や私の存在など一切視界に入っていない様子で、母の顔と自分の着ているパジャマのボタンを交互に見ながら、時々よくわからないタイミングで頷いたりしています。

兄もオットも私も…そして私の娘も、この気まずい時間をどう過ごしたらよいのか困惑しました。私は外の景色を見て祖母から目をそらしました。そうせずにはいられませんでした。

私が窓の外の木々を見つめていると、私の横顔を見た祖母が私の名前を呼びました。『おばあちゃん、わかった?わかってくれた?よかった、よかったよ。』私がそう言うと 『そりゃぁ、わかるよ。孫だもの。』私はうれしくなって、『これが私の娘。で、この人が私の旦那さん。』と、慌てて家族紹介をしてみたりしたけれど、もう祖母は『どうしたら早く逝けるか?』というモードに戻ってしまっていました。



帰り際、母が祖母にこう言いました。『大丈夫だよ、おばあちゃん。さっきね、おじいさんの墓参りしてきたんだけど、おばあさん迎えに来てくれって頼んでおいたから。その時が来たらきっと迎えに来てくれるんだから、心配ないんだよ。』

母の言葉をよくよく聞いている様子の祖母は、こう答えました。『そうか?だったら待ってるしかないか。しょうがないよなぁ。』


私は、おじいちゃんはどうして早く迎えに来てあげないんだろう?と、心底思いました。生きている意味を見出せないおばあちゃんに、かけられる言葉は一つだけでした。

『おばあちゃん、また来るからね。』