ヴィヨンの妻〜桜桃とタンポポ〜

一人で映画を観るのは、本当に久しぶりのことでした。子供が生まれてからこの9年間は、選択する映画は子供中心に決められていたし、特に邦画はDVDがすぐに出るだろうと考えて、なかなか劇場に足を運ぶことがありませんでした。行こうと思えば時間を作れるはずなのに、仕事が休みの日に映画を観ようという余裕がなかったのかもしれません。

若い頃に太宰治にどっぷり…という時期がありました。それに付随する事柄が良い思い出ばかりではないせいか、今でもその頃のことを考えると苦いものがこみ上げてくるような、懐かしさと恥ずかしさと鈍い痛みがぼんやりと感じられるのです。太宰治は自分にとって、大きな意味のある作家だということです。

観る前から、キャストが魅力的だなぁ…と、思っていましたが、予想以上に素晴らしかったです。大谷役の浅野忠信さんは原作の台詞に忠実に…そして繊細に淡々と演じていて、女々しさの滲み出る、私のイメージした大谷そのものだと思えたし、佐知役の松たか子さんの微妙な心の動きを表現する演技がすごく良かったです。このお二人以外にも室井滋さんや伊武雅刀さん、堤真一さん、広末涼子さん、妻夫木聡さん…とにかく豪華です。

個人的には、妻夫木さん演じる岡田は、もう少し激しくて汚れた(?)男性でも良かったのでは…と、思ったりしました。もしかしたら、妻夫木さんのさわやかさは、作品全体のスパイスとして狙ったものだったのかもしれませんが…。


映画の帰りに、なんとなく気になって、書店に立ち寄りました。ヴィヨンの妻にこんな場面あったかしら?と、思うところが多々あったのですが、記憶が曖昧でした。この映画は、ヴィヨンの妻というひとつの作品がベースになってはいるけれど、他の太宰作品が、随所に散りばめられていたということなのですね。「桜桃」はサブタイトルにもなっていますもんね。心中場面で大谷が樹と自分の首を兵古帯で結びつけて…というところは「姥捨」だろうと思いましたが、佐知が口紅を手に入れて…というシーンはどの作品にあるのでしょう?すごくいいシーンだったなぁ…。口紅を捨てた場所にたんぽぽが咲いていたり…と、演出が細かい!(笑)監督さんのこだわりや、太宰作品への思いが感じられましたです。もしかしたら、もっともっと深く観られる(楽しめる)のかもしれませんね。…太宰に興味のない人にとっては、つまらない話ですが。



最後に。佐知は、ダメな夫を支えて強く生き、椿屋で働くことで自立していく。実際に、あれだけのダメ夫を捨てずに寄り添い続けるのは、並大抵なことではありませんよね。佐知という女性は、松さんが演じたことで、強くて美しくてしなやかな女性に描かれましたが、私はこう思うのです。佐知もまた大谷と同じように『弱く薄暗い』存在であり、大谷と同じように絶望の淵をよろよろと歩いているのだけれど、大谷にはない『生きる術』を潜在的に持ち合わせていた。だからこそ大谷が選んだ女性だったのでは…、と。



ふと考えます。
人間は弱くて危ういです。私も。寄り添う人が自分よりももっともっと弱っていたら、私はどうするでしょうか。一緒にオイオイ泣くのか。慰めるのか。愛するが故に突き放すのか。

考えてもわかりません。わかならないけれど、その時は…生きることを考えましょう。



素敵な作品でした!ちょっとドラクエお休みして、少しかび臭くなった太宰作品を引っ張り出して読んでみることにします。

青空文庫ヴィヨンの妻が読めますよ。