『みずうみ』よしもとばなな

みずうみ (新潮文庫)

みずうみ (新潮文庫)

読後の率直な感想は、『もの足りないなぁ…。』でした。よしもとばななさんの持ち味とも言えるであろう幻想的な描写もいいし、中島君という人物設定の危うさも好き。魅力は満載なはずなのだけど…。

もしかしたら、久しぶりによしもとばななさんを読んだせいかもしれません。よしもとばななさんの文体は、とても読みやすく、1ページ内に納められた文字数が少ないし、平仮名の割合も多いです。だから、キイナ的に速読できちゃう!!(嘘。)その結果、あっという間に読んでしまって、えーっ!もう終わりなの??というもの足りなさかな。物語的には長編でぜひぜひ読みたいような内容なのですが。

物語中で、ちょっと印象に残った文章があったので引用させていただきますね。

「愛されているってこういうことだな、『この人に触っていたい、優しくしたい』そう思ってもらうことなんだ」と私は体でおぼえている。だから偽ものの愛には体が反応しないように、きちんとできている。そういうのが「育てられた」っていうことなのだろう

主人公のちひろが、もうこの世にはいなくなってしまったママが、小さかった自分のおへそをぽんぽんやさしくたたきながら、パジャマをなおして、布団をかけてくれたことを思い出しての一文です。

親の愛情をその手のぬくもりから感じて体で覚えているということ、私も思い当たります。母ではなくて父親だけど。だけど、そういうのって、この物語のちひろみたいにずっと後になってから気付くことだったりするんですよね。愛を与えているほうも、もしかしたらその大きな事実に気付いていないのかもしれない。


だからね、愛おしいって思ったら、その相手に触れていたくなる気持ちを抑えずにちゃんと触れていいんだよ。恥ずかしいことなんてない。ぎゅーって抱きしめればいい。手を握ればいい。頬に触れればいい。

そういうのって、大事でしょ…。(全部自分に向かって言ってます、これ。)

私には、うまく感情表現できない時があって、気持ちと態度が裏腹なことがよくあります。愛おしいという気持ちをどこかへ追いやってしまい、理性や理屈で隠してしまいます。娘に対しても、それ以外の人に対しても。

起きている時は、生意気で、なかなか100%で愛おしいとは思えないのだけど、眠っている娘の顔を見ると、さすがの私でも愛おしいという気持ちになります。そんな時は、手から…体から…たくさん愛を放出できるといいのだけど。…愛って、忘れ去られた井戸みたいに枯れちゃうことはないよねぇ。



物語の内容からは、随分と脱線してしまいましたが、お子さんがお昼寝してる時間や、通勤時間でさらっと読めて、ちょっとだけ異空間にお出かけできる1冊です。